先日、オンライン予約してiPadを購入。apple信者の僕でも、ファーストロットは怖いので今までapple製品を発売日に購入することは無かったけど、今回はほぼ衝動的に購入してしまった。デザイナ−にとって、iPad関連の仕事が今後増えていくかどうかはまだ分からないけど(事実こんなに普及しているにも拘わらず、iPhone関連の仕事はそんな多くない。)、何となく「このデバイスは持っておくべきだ」という切迫感を感じてしまった。ありきたりだけど、電子書籍の未来も僕は信じているので。
という訳で自宅に届いたiPad。想像していたよりも軽くて薄い。自宅でメインに使用しているG5 のMac OS10.4では同期できない。何故この事実に配送されるまで気付かなかったのか。浮かれすぎてた自分が恥ずかしい。しょうがないのでサブマシンのMac Bookに同期させる。電源を入れていないiPadは無機質な黒い板で、なんとなく石碑を想像させる形状は「人類の英知もここまできたか」という、別に考古学者でも文化人類学者でもないのに荘厳な気分になってしまう。きっとちょうどiPadくらいの形状の石版に、人類は文字を刻み続けてきたはずなのだ。
iPadで驚かされるのは、説明書的な物がこの紙切れ一枚だけということ。それも最新のiTunesをダウンロードしてパソコンと同期してください、程度のことしか書いていない。これだけ新しいデバイスにも拘わらず(iPhoneが普及しているとはいえ)、説明書的なものがないという事実が、箱から出しただけなのに「説明書なんてなくても使えるでしょ」というアップルのデザインに対する強烈な自信を垣間見たようで、何とも言えない気分になってしまう。家電の説明書読むのが大好き、という人だったら拍子抜けしてしまうかも。
とはいえ新しいデバイスであるからこそ、説明書なんて必要ないくらい直感的に操作できるべきなのだ。iPhoneにくらべて画面がかなり大きいので、ほとんどの人がちょっと触っただけで操作を学習するはずだ。マイノリティ・レポートでトムクルーズが操作していたあのインターフェースに結構近づいたんじゃないのか?という「未来が来た」的な高揚感。
だってiPadって猫でも操作できるんだから。
この猫いいじゃないすか!
iPad買うと猫も飼いたくなりますな。
はなぢでそうだわ。
どんどん出しなさい。